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橋本聖子の父親(橋本善吉)の経歴・プロフィール!借金問題・韓国の別邸がエグい

橋本聖子の父親の借金問題について取り上げます。

娘である橋本聖子の政治活動にも、度々悪影響を及ぼしてしました。

現在、橋本聖子さんが森喜朗さんの後任として話題に上がっています。

元スピードスケート・自転車競技選手などスポーツ選手であり、オリンピックにも出場経験がある彼女。

どんな家族で暮らしていたのでしょうか?

今回は、

  • 父親の経歴・プロフィール
  • 父親の仕事について
  • 父親の借金問題について

について調べます。

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【画像】橋本聖子の父親(橋本善吉)の経歴・プロフィール!馬主で有名

橋本聖子の父親はどんな方なのでしょうか。

▼プロフィールをまとめます

プロフィール

  • こ名前:橋本善吉
  • 生年月日:1924年
  • 出身:北海道
    • 祖父母は開拓者で、宮城県三本木町から入植
  • 職業:牧場経営
  • 2020年死去

橋本聖子さんがスポーツ選手となるきっかけになったスケートは、

父の方針で3歳からはじめました。

この橋本善吉氏の仕事について、このように明かされています↓

実家は養牛で知られ、父の善吉はマルゼン橋本牧場を経営し「牛のハシモト」として知られた牛の仲買商。後にサラブレッドのJRA顕彰馬マルゼンスキーのオーナーとしても知られる。<wikipediaより>

もともとやっていた養牛の牧場経営をしていた後、

牛の買付の流れで馬と出会い、馬の生産をすることになります。

「ほんとちょっとしたはずみなんだよ。ちょうどあの時も、牛の買いつけで女房とアメリカに行ってた時に話があったんだ。」

 つきあいで行った先のアメリカのせりで、後のマルゼンスキーになるニジンスキーの子を孕んだ牝馬に出会う。シルだ。<「マル地」でGⅠを戦えた頃――聞き書き、橋本善吉氏より>

不思議な運命ですよね。

後に、このシルから生まれた牡馬が「マルゼンスキー」という名馬で、無敗(8戦8勝)のまま1977年末に故障で引退する、という輝かしい実績を残しています。

素晴らしい実績の反面、

エグい借金問題がありました。

それが橋本聖子の政治活動にも影響していた話をご存知ですか?

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橋本聖子の父親(橋本善吉)の借金が数千万円!政治への悪影響‥

橋本聖子の父親・橋本善吉が借金を抱えていた、とはいったい何があったのでしょうか?

「聖子さんの父・善吉さんは90歳を過ぎてなお健在ですが、バブル期の前後には地元の『千歳信用組合』から、本来の融資限度額の2倍以上である16億円余りもの融資を受けていました。ところが返済が滞り、そのあおりで千歳信組は99年に経営破綻。翌年には、債権回収を行なう整理回収機構が、信組の元理事長ら4人を相手取り、3億円の損害賠償を求めて提訴したのです」(地元関係者)<デイリー新潮>

さらに、

この融資への返済に加えて、知人にも大金を借りていたのです!

自民党の橋本聖子参院議員(41)の父親が、選挙活動費の名目で知人女性から2200万円を借り入れて、そのうち1500万円が未返済でトラブルになっていることが分かった。

なんと、1500万円もの未返済があったのだそうです。

貸し付けた知人女性からしたら大金ですし、とても無視できないですよね。

  • 200万円は父親が直接持参して返済
  • 「橋本聖子事務所」名義で500万円

 <残り:1500万円が未返済>
全面勝訴したが、判決後も父親や橋本事務所は返済する様子がなかった。女性は裁判所に父親の資産の差し押さえを申請。

なんと、完済をせず、資産の差し押さえとなったようです。

これについて橋本事務所は貸し付けたとする「父親の知人女性」との関係を否定。

橋本事務所では「橋本議員と女性の間に、直接債権債務関係はない。突然のことで橋本も困惑している」という

 

原因は「牧場の経営難によるものではないか」と言われています‥。

橋本聖子さんの輝かしいキャリアにはこの父による一助があったかと思いますが、

お金については、反面教師となってしまったようです^^;

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 【九龍浦日本人家屋通り】橋本聖子の父親(橋本善吉)が韓国の別荘を持つ理由は?

浦項九竜浦には「ジャパニーズハウスストリート」という場所があります。 その名の通り、日本の家が集まった場所です。<100年前の歴史にタイムトラベルする「久竜浦和風住宅街」 – 浦項、慶北、韓国より>

九龍浦には戦前は日本人が多く住んでいました。

その名残で日本家屋がまとまって残っているので修復・保存して観光資源として活用でき
るようにしたいと浦項市は考えていたようですね。

橋本善吉の家は近代歴史館となっているようです。

橋本善吉氏は1920年代に香川の小田村から移住して来た人で、鮮魚の運搬業を手始めにイワシの加工工場を設立・経営するにとどまらず、学校組合の管理者まで引き受け富と名声を得た<4travel.jp>

牧場の経営以外にもイワシの加工工場のビジネスをやっていたとは。

どうやら、牧場の経営難に陥る前は、相当なやりてだったようですね。。

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ネットの反応

今回、橋本善吉さんについて調べましたが、

競馬ファンから見た彼の存在は「中央競馬への大きな貢献者」

「名馬の生産者」という印象があるようでした。

借金などの問題よりも、その貢献を称えるコメントが多いようです。

https://twitter.com/secretariat1012/status/1320412604162953222?s=20

 

反応をまとめると

【ネットの反応】

  • 日本競馬会の最高功労者だ
  • 橋本聖子の父親がマルゼンスキーの生産者だったのはびっくり!

などのコメントが見られました!

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まとめ

いかがでしたか?

今回は、橋本聖子の父親について調べました。

牧場の経営難の借金トラブルは残念でしたが、それまでの実績をみると、かなり仕事ができるバリバリのビジネスマンだったようですね。

橋本聖子さんも、かなり裕福な暮らしをしていたのではないでしょうか?

最後までご覧いただきありがとうございました

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